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[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画のなかから、おススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今回ピックアップするのは、井上荒野の同名小説の映画化『だれかの木琴』(2016年9月10日公開)です。監督と脚本は『もう頬づえはつかない』『絵の中のぼくの村』の東陽一。

専業主婦が、自分を担当してくれた美容師に興味を抱き「あの人のことを知りたい」とストーカー行為が止まらなくなっていくというサスペンスタッチの作品。心が少しずつ壊れていくように、ジワジワと変化を見せていく主婦が怖いのですよ~。

【物語】

小夜子(常盤貴子)は夫(勝村政信)と中学生の娘とともに、郊外へお引越し。念願の一戸建ての生活が始まります。

引っ越してきた街に友人や知り合いがいない小夜子は、夫と娘が仕事と学校で不在の間、ふと見かけた美容院でヘアカットをします。担当美容師は海斗(池松壮亮)。
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その晩、小夜子の携帯メールに「本日はご来店ありがとうございました」という海斗からのメールがありました。小夜子は、その営業メールに律儀に返信をしますが、そのとき、彼女の心にざわざわとした変化が。

それから彼女は頻繁に海斗にメールをし、間をおかずに美容院へ通うようになるのです。
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【何もない小夜子の心の隙間に滑り込んできた海斗】

小夜子と海斗の出会いは、よくある美容師とお客様です。美容院での他愛もない会話の中に、海斗が小夜子を誘惑するような気配はまったくありません。

では小夜子の夫婦関係は崩壊していたかというと、それもありません。夫は平凡なサラリーマンで、娘も素直な良い子です。「何が不満なの?」と思いますが、その何もないところが彼女の心の隙間なんですよ。

新しい土地で、誰も自分を知らない中、美容院で知り合った海斗はメールでダイレクトに小夜子に連絡をしてきた。彼にとっては営業ですが、彼女にとってはその一通のメールが刺激だったのですね。彼女からの返信メールを受け取った海斗は、営業メールの返信は珍しいと思いつつ、「変だな」と思っている様子があり、見ている方も心がザワザワですよ!

【周囲の人を巻き込む恋愛ストーカー】

小夜子がどのように暴走していくかは、映画を見てのお楽しみなんですが、いわゆる “エンタメ” 的にストーカーの狂気や恐怖を誇張した演出はありません。でも、だからこそ怖いんですよ。

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小夜子はいつも落ち着いていて、フツーに美容院へ行くのですが、でも「この間行ったばかりじゃん!」と見ていて怖くなる感じ。海斗も人がいいというか脇が甘いというか、小夜子のヘアカットしているときに、自分の情報を無意識に世間話の中に織り交ぜちゃうんですね。そういうの聞き逃さないんですよ、ストーカー気質の女は!

少しずつ行動が異常になっていく小夜子の異変に家族が気づき始めたとき、家庭もおかしくなっていき、海斗の私生活にも悪影響が訪れます。彼の恋人(佐津川愛美)が小夜子の異変に気付くんですよ。女の勘は鋭いですからね~。

ただ、海斗の彼女もエキセントリックでちょっと風変わりな女。どうやら海斗はそういう女に好かれる男なのかもしれません。かわいそうだけど……。

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常盤貴子、池松壮亮、佐津川愛美、勝村正信という演技派が主要人物を演じているので、グイグイと小夜子の世界に引きずり込まれます。

ちょっと寂しかったり、人恋しかったりするとき、やさしくしてくれる人が現れたら、もっとその人に会いたくなる。そんな気持ちが暴走し、夢と現実の境界線を突破してしまう世界を描いたのが『だれかの木琴』。

この映画は、あなたの中に潜む、黒い執着心の芽をブルンと震わせるかもしれませんよ。

執筆=斎藤 香(c)Pouch

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『だれかの木琴』
(2016年9月10日より、有楽町スバル座ほか全国ロードショー)
監督:東陽一
出演:常盤貴子、池松壮亮、佐津川愛美、勝村政信ほか
(C)2016「だれかの木琴」製作委員会

▼映画「だれかの木琴」予告編